シリコンジェル禁止のいきさつ
シリコンジェルの使用が禁止されたのは1992年です.このときのFDAの決定は,安全面でのデータ不足によるもので,シリコンジェル・インプラントが危険であるというデータが出ていたわけではありません.60〜70年代にシリコンジェル・インプラントの手術を受けた人たちの中から,膠原病,リューマチ,あるいはループスなどの病気を発症した人たちが80〜90年代に現れたことで,これらの病気の発症とシリコンジェル・インプラントの関連が問題視され,法廷で争われることがありました.残念ながらいくつかの裁判では敗訴,あるいは示談という例があったため,シリコンジェル・インプラントの安全性が疑問視され,FDAは1992年にその使用を禁止することになりました.この度14年ぶりに使用が許可されることになったわけですが,美容手術に関して言えば,このシリコンジェル・インプラントの解禁により,患者さんたちは豊胸手術においてより広い選択ができるようになったといえるでしょう.
インプラントの開発と歩み
簡単にインプラントの歴史を紐解くと,最初に豊胸手術にインプラントが使用されたのが1962年です.テキサスの形成外科医が中心となって開発しました.初期のインプラントは比較的単純なもので,ジェル状のシリコンがシリコンポリマーの袋に入っているというものでした.1974年にシリコンジェル・インプラントの使用を制限する動きがFDAから出ましたが,その時期までにシリコンジェル・インプラントはすでに広く使用されていたため,FDAはシリコンジェル・インプラントの製造会社に仮免許を与えるという策を取りました.基本的にはその時点ではまだデータが不足していたため,データが集まるのを待ち,正式に使用を認可するかどうかを決定する予定でした.1988年にFDAはシリコンジェルのレビュー・プロセスを開始しましたが,データ不足のため,1992年にシリコンジェル・インプラントの使用を一時禁止することとなりました.この背景には,1990年頃,特にシリコンジェル・インプラントにまつわる訴訟,あるいは合併症,事故などがマスコミによって多く取り上げられるようになり,一般の人々のシリコンジェルに対する認識が非常に高まったということがあります.
限られた中でのクリニカル・トライアル
このFDAのモラトリアムのため,多数の訴訟を抱えたインプラントの製造会社は,和解金・慰謝料を払うという事態に追い込まれ,多くが倒産したり,インプラント製造から手を引くという状況になりました.ニューヨークのコーニングを中心にインプラントを製造していた「ダウコーニング」という会社は,最も有名な会社ですが,この訴訟の影響で製造を打ち切り,完全に豊胸インプラントからは手を引いています.現在でも数千人のクラス・アクション訴訟に関わった人たちの和解調停が続けられています.このような和解調停の多くが片付いたのが90年代半ばで,96年頃よりその支払いが始まりました.この間,シリコンジェル・インプラントの製造は非常に限られており,乳がんの後の乳房再建,あるいはすでに豊胸を受けた人たちの中で,生理食塩水のインプラントでは良い結果が出ない,もしくは合併症が心配されるというような場合に限りシリコンジェル・インプラントの使用が認められていました.また,このような症例は全国的なクリニカル・トライアルに参加することが条件付けられており,手術後 5 年間の経過観察を義務付けられていました.このように限られたシリコンジェル・インプラントの使用にもかかわらず,広範囲なインプラント使用に関わるデータが集められ,その結果,この度の使用許可に至りました.
生理食塩水のインプラント
2000年には生理食塩水のインプラントが正式にFDAの許可を受け,2003〜2004年にかけて,シリコンジェル・インプラントの使用に関してのプリマーケット・リサーチが始まりました.その結果に基づき,2006年11月,FDAは多少の制限を設けながらも,全面的にシリコンジェル・インプラントの使用を解禁することとなりました.シリコンジェル・インプラントの草創期に臨床的に主流であったのは,スムース・インプラントと呼ばれる,インプラントのカプセルの表面がつるつるした,なめらかなものでしたが,80〜90年代にかけては,試行錯誤の末,テクスチャード(textured,表面がザラザラしている)・インプラントが,合併症が軽減されるのではないかと期待されました.よく問題になるシリコンジェル・インプラントの後の合併症は,キャプスラー・コントラクチャー(capsular contracture)と呼ばれる現象であり,インプラントが入っている組織の周りに瘢痕の組織ができ,カプセル状の組織がインプラントの刺激で硬くなる場合があるということです.そうなると,胸とインプラント自体が硬くなってしまいます.この現象を減らそうといろいろな試みがなされ,ポリウレタンでコーティングしたインプラントや,あるいは表面がザラザラとしたテクスチャー・インプラント,逆に表面がつるつるとしたスムースなインプラントなど,さまざまなインプラントが試みられました.臨床結果からみると,現在のところ,キャプスラー・コントラクチャーが発生する率が一番低いのは,表面のつるつるしたスムースなインプラントではないかと考えられています.
新世代インプラント
今回FDAで認められたインプラントは新世代型で,60〜70年代に使われていたものとは非常に質の異なるものです.1 つは,コヒーシヴ・ジェル(cohesive gel)といわれるジェルを使っているという点です.このジェルはシリコンの粒子間のつなぎを増強することにより,例えばインプラントのカプセルが破れた場合でも,ジェル状になっている,内側のシリコン自体は形を崩さないという特徴を持っています.最近のインプラントはすべてこの特徴を有しています.コヒーシヴ(cohesive)には度合いがあり,この度合いが高いとシリコンジェル・インプラントが硬くなり,低いと柔らかくなるという傾向にあります.また以前に比べ,インプラントのカプセル自体が強く,より長持ちする構造に変えられてきており,インプラントがその形を長期間維持できるようになったのではないかと考えられていますが,残念ながら現在のところ,まだ長期間使用によるデータは出ていません.
広がる選択の幅
シリコンジェル・インプラントが解禁になって最も歓迎すべき点は,選択の幅が広がったということです.現在,生理食塩水のバックを入れるインプラントには,モデレート・プロファイル(中位の高さ),ハイ・プロファイル(高さのあるインプラント),アナトミカル・シェイプ(洋ナシ型)といった3種類のインプラントがあります.同じように,シリコンジェル・インプラントにも,モデレート・プロファイルとハイ・プロファイルの 2 種類のインプラントが使われてます.患者さんの身体,体重,胸の形,胸のサイズ,および患者さんの希望する胸のサイズにより,一番適切なインプラントを選ぶことができるのです.
一般的には生理食塩水のインプラントは,触ってみるとやや固めで,ふくらみなども増強される傾向があります.シリコンジェル・インプラントを使った場合には,柔らかく,自然な形でゆったりとした感じがし,触った感じも自然な胸により近い感じがします.現在のところ,生理食塩水が主流ですが,今回の解禁によって,シリコンジェル・インプラントが相当数増えると予想されています.一方,シリコンジェル・インプラントは長期的に安全であるということは確認されているものの,例えばシリコンジェル・インプラントが壊れている場合に,その検査が非常に難しいという現状があります.通常の身体検査で,シリコンジェル・インプラントが壊れているかどうかを診断することは非常に困難です.現在のところ,シリコンジェル・インプラントの漏れや壊れを診断するにはMRI検査が最良の診断率(98〜99%の確率)です.そして,最も問題となる点は,シリコンジェル・インプラントが漏れたり,破損したりすると,その漏れたシリコン・ジェルが周りの瘢痕組織を刺激し,さらに多くの瘢痕組織を作ってしまうということです.そのため,瘢痕組織,いわゆるインプラントのカプセルといわれる組織自体が硬くなったり縮まったりして,胸が硬くなります.この状況を放置すると,カルシウム,あるいはファイブロイドなどの組織が沈着し,ますます硬くなってしまいます.患者さん自身が気づき,早期に医師の診断を受ければ,治療も非常に簡単なもので済みますが,キャプスラー・コントラクションが一端できてしまうと,治療はかなり複雑になってしまいます.
現在,シリコンジェル・インプラントの漏れから全身的な病気や膠原病などが起こることは認められていませんが,キャプスラー・コントラクションを防ぐため,今回のFDAの許可にはそれなりの制限がついています.その最も著しい制限がMRI検査の義務です.手術 3 年後,その後 2 年ごとの検査,また医師による診察も頻繁に行うことが義務付けられています.現在FDAに提出されているデータによると,シリコンジェル・インプラントが漏れる率は,最初の10年で約 7 %といわれています.
解禁後のシリコンジェル需要
現在,シリコンジェル・インプラントの使用が増えているという傾向は,あまり顕著にはみられません.シリコンジェル・インプラントが解禁になったといっても,リストリクション(制限)が非常に大きいということ,また先に述べたように,手術後のMRI検査の義務付けなどによってインプラントの維持費が高騰してしまったというのが主な理由であると考えます.MRIの義務付けは一般の患者さんたちの不安をやや高めたのではないでしょうか.豊胸手術を受ける患者さんたちにしてみれば,一度手術してしまえば,その後はインプラントの心配をしたくないことでしょう.術後に漏れる率が同等であれば,漏れても体には影響がなく,入れ替え手術も簡単な生理食塩水のインプラントを望む患者さんたちは多いだろうと考えられます.ただ,一般的に豊胸手術の結果からすると,医師の間のコンセンサスはシリコンジェルのほうが自然で柔らかく,結果的にはシリコンジェルがやや勝ると考えられています.
今後,臨床トライアルとデータがさらに蓄積されれば,安全性や豊胸手術に対するアメリカ人の考え方,シリコンジェル・インプラントの受け入れの様子がみえてくるのではないかと考えます.
| 第 1 回・美容外科の臨床研修―美容外科をいかに教えるか?― | 第 2 回・美容外科患者の心理―どうして美容手術を選ぶのか― | 第 3 回・シリコンジェル・インプラントの再許可―選択肢の増えた豊胸手術― | 第 4 回・blepharoplasty―二重術と若返り術― |


